昨日は春分の日。
新たな節目に、大神神社の神奈備,神体山の三輪山に導かれ、
縁ある方たちと、登拝を。
思えば、丁度一年前の春分の日、三輪山に導かれて、そこから
大和巡りの反ばいの旅、ご神事が始まりました。
あれから一年、同じ春分の日という節目に導かれたこと、
何だか螺旋で一回りしてきたかのような感じです。
導きに感謝しながら神体山の頂上へ。
感謝と、全ての和解,和合,弥栄の祈りをのせて、龍笛を
奉納。
そして、石笛を息吹かせます。
縁ある方が奏でる石笛の音と共振し、辺りは光に満たされて
行きます。
昨年、私をこの三輪山に導いてくれた縁ある方は、光の柱が
天から降りてきて、この神域全体にその光がほとばしる様
を見たようです。
私はこの日も舞を舞いました。
縁ある方の石笛の響きとともに音霊を息吹かせ、舞います。
一年前と同じように、杖をくるくる回し、舞います。
くるくる 来る来る・・・天に地に・・・・天と地をつなぐ
ように・・・
やえを 八重を 弥栄を
ヤエオ ヤエオ ヤエオ
くるくる 来る来る 右から左に 左から右に
天に地に・・・
八重を 弥栄を ヤエオー ヤエオー ・・・・・・・
舞い終わり、感謝とともに心を鎮めると、眩しいばかりの光
に包まれます。
その光の中で、私は祈りました。
永久の美輪を。
常しえの美和を。
そして、私の覚悟を・・・
縁ある人は、今日は¨一粒万倍日¨(いちりゅうまんぱいび)だと。
一粒の籾(もみ)が、万倍に実る稲穂という意味で、何事も始める
には良い日だと。
春分の日という節目と、一粒万倍日・・・。
絶妙のタイミングで、新しい始まりと創造の日に、再び巡りて
この神体山に導かれたこと、感謝の喜びとともに、私は覚悟を
新たにせざるを得ませんでした。
これまで幾度も覚悟をし、その覚悟を問われ、その度にリリース
をし、そしてまた覚悟を新たにしてきました。
私はまた、覚悟を問われるかもしれません。
その度に、私はくじけるかもしれません。
その度に、私は投げ出すかもしれません。
それでも私は、こうしてまた祈るでしょう。
それでも私は、こうして言挙げするでしょう。
それでも私は、こうして言祝ぎ続けるでしょう。
美輪を 美和を 弥栄を。
全ての寿ぎを。
光とともに・・・
新たな節目に、大神神社の神奈備,神体山の三輪山に導かれ、
縁ある方たちと、登拝を。
思えば、丁度一年前の春分の日、三輪山に導かれて、そこから
大和巡りの反ばいの旅、ご神事が始まりました。
あれから一年、同じ春分の日という節目に導かれたこと、
何だか螺旋で一回りしてきたかのような感じです。
導きに感謝しながら神体山の頂上へ。
感謝と、全ての和解,和合,弥栄の祈りをのせて、龍笛を
奉納。
そして、石笛を息吹かせます。
縁ある方が奏でる石笛の音と共振し、辺りは光に満たされて
行きます。
昨年、私をこの三輪山に導いてくれた縁ある方は、光の柱が
天から降りてきて、この神域全体にその光がほとばしる様
を見たようです。
私はこの日も舞を舞いました。
縁ある方の石笛の響きとともに音霊を息吹かせ、舞います。
一年前と同じように、杖をくるくる回し、舞います。
くるくる 来る来る・・・天に地に・・・・天と地をつなぐ
ように・・・
やえを 八重を 弥栄を
ヤエオ ヤエオ ヤエオ
くるくる 来る来る 右から左に 左から右に
天に地に・・・
八重を 弥栄を ヤエオー ヤエオー ・・・・・・・
舞い終わり、感謝とともに心を鎮めると、眩しいばかりの光
に包まれます。
その光の中で、私は祈りました。
永久の美輪を。
常しえの美和を。
そして、私の覚悟を・・・
縁ある人は、今日は¨一粒万倍日¨(いちりゅうまんぱいび)だと。
一粒の籾(もみ)が、万倍に実る稲穂という意味で、何事も始める
には良い日だと。
春分の日という節目と、一粒万倍日・・・。
絶妙のタイミングで、新しい始まりと創造の日に、再び巡りて
この神体山に導かれたこと、感謝の喜びとともに、私は覚悟を
新たにせざるを得ませんでした。
これまで幾度も覚悟をし、その覚悟を問われ、その度にリリース
をし、そしてまた覚悟を新たにしてきました。
私はまた、覚悟を問われるかもしれません。
その度に、私はくじけるかもしれません。
その度に、私は投げ出すかもしれません。
それでも私は、こうしてまた祈るでしょう。
それでも私は、こうして言挙げするでしょう。
それでも私は、こうして言祝ぎ続けるでしょう。
美輪を 美和を 弥栄を。
全ての寿ぎを。
光とともに・・・
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